一九六〇年代から、多くの障害者を受け入れ、「福祉企業の母」といわれている渡辺トクさんの九四年間の足跡について、同じように障害者と共に生きてきた桐生清次さんが著した本です。
トクさんの足跡
明治生まれで忍耐強く聡明な主婦であったトクさんは、多くの苦労を乗り越えて、戦後に教育活動を展開します。その中で障害を持った子供たちにも目を向けるようになりました。
やがて、ご夫妻で洗濯工場を起こしますが、夫が亡くなり、代わって社長となりますが、工場の全焼という苦難の中、障害者との共生を進めていくこととなります。
まだ、障害者への理解が十分でなかった一九六五年に、特殊学級の担任教師に頼まれ、三人の実習生を受け入れたのが障害者雇用の始めでした。障害のある人たちの良さを精一杯受け止め、一人一人を生かした働き方や雇用の仕方を追求する中で、企業就労に加えて、会社での雇用と福祉の向上を願っての作業所と福祉センターなどを次々に設立していきます。
一度人と関わったら、最後まで誰も見捨てずに、共に幸せに生きていこうと努力するのがトクさんのやり方です。そして、障害のある人たちの生活の場の必要性から、グループホーム、ついにはお墓まで設立することになるのでした。
障害者雇用の考え方
トクさんの障害者雇用の考え方は、経済と福祉の両立を常に頭に置き、たとえ、障害があっても「働くことは生きること」「働けることは幸せ」と言い切ります。それぞれの人に合わせた働き方、暮らし方を共に考え、実施していく強さと限りない優しさに力づけられ、元気づけられます。
また、障害を持つ従業員をケースワーカーに採用したり、医療との連携を進めたり、知的障害者と精神障害者のお互いの良さを引き出した雇用形態の創設や生活の充実を図ったりする等の新しい取組を実践しました。
正に、二十一世紀の障害者雇用、障害者支援の方向を見出す内容が夢物語ではなく、現実に目の前に実践されている様子がありありと伝わってきます。
共に生きる
トクさんと共に生きて来た障害を持つ人々や家族のありのままの生き様を記した最終章は、人が生きていくことの切なさや素晴らしさが淡々と語られています。強い感銘を受けずには、読み進められませんでした。
不本意なこと、悲しいことにもたくさん遭遇しながら、それらを大きく深い人間愛で受け止めつつ、それでもなお障害を持った人々と共に幸せを追求する姿勢は、これからの障害者支援の指針となると思われます。
進路指導に携わる先生方のみならず、「共に生きる」という観点を今一度見つめるために、必読すべき書籍であると思います。
東京都新宿区立新宿養護学校 中田満子
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