『妻吉自叙伝堀江物語』 は、 わずか十七歳の時に養父に両腕を斬り落とされた舞妓の自伝である。
「妻吉 (つまきち) 」は舞妓の名、 「堀江」 は遊廓の地である。 妻吉は十一歳の時から舞の師匠として才覚を現わし、 堀江遊廓に養女となる。 だがその養父が「堀江六人斬り」事件を起こす。 妻吉はただ一人生き残る。 自分の腕が畳の上に飛んでいくのを見ながらも全く冷静であった様子、 事件を自分が語らなくてはという使命感、 そして養父が自分を斬ったかどうか思い出せないほどの状況であったことを知った瞬間から 「憎みません」 …そんな心が細かな描写で記されている。 その後、 旅回りの見世物一座に身を投じるが、 カナリヤを見て筆をくわえて書をすることを思いつき、 書や日本画を志す。 その時も 「文字を教えてくれ」 と旅先での宿に近い学校の校長に頼みに行くバイタリティを発揮する。
「六人斬り」事件までの記述は、 輝かしいころのことにもかかわらず、 非常な体力と気力を使っているのが読み取れる。 読み手もどんどん体力を消耗し嫌な胸騒ぎもしてくる。 一転して、 両腕を失ってからの苦痛や苦労は想像を絶するものがあるはずだが、 負けん気の強さか、 「前向き」という言葉で片付けてしまうには安易過ぎるほどのパワーに満ちている。 そして、 草庵での生活に読み手も心静かに本を閉じることができる。
千葉県立桜が丘養護学校教諭 尾崎美恵子
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